自転車で東海道五十三次 1日目 三条大橋〜宮宿編
時をさかのぼりますが、今年の中山道 自転車旅をする前のことです。
私は、東海道 自転車旅を振り返ったのでした。
その時に続きを書く予定でしたが、旅の準備で実現できていなかったので、今更ですが、ロードバイク東海道53次の旅をお届けします。
今回から全5回です。
出発は、4月29日。風がきつく、そして肌寒い日でした。
京都の三条大橋を出発して、愛知の宮宿まで行きます。
初めての自転車旅。
それまで最長でも100キロほどしか走ったことがなかったので、不安を感じつつ、長年の夢への期待たっぷりの中出発しました。
東海道=国道1号線と思っている方も多いかと思いますが、私のチャレンジは、旧東海道の旅。
ほとんど国道1号線に沿ってはいるものの、この様に、くねくねと合流したり離れたりを繰り返すのです。
出発して程なく、琵琶湖のほとりに到着。
「ここならまだ帰られる」という気持ちと、「ビワイチ(琵琶湖一周)に切り替えようか」という甘い誘惑に心が傾きつつ、前へ進みます。
瀬田の唐橋を渡ると、いよいよ街道旅が本格的に開始です!!
東海道の旅は、最後まで案内標識が豊富です。
中には手書きの案内もあります!!
それだけたくさんの方が今でも行き交っているのでしょう。
そして、地元の方にも愛されているのでしょう。
そう思うと、歴史マニアな私はなんだか嬉しいです。
草津宿までは、あっという間に到着。
初めての街道旅に、慣れない中進みましたが、購入した地図が割と正確だったことと、案内が豊富だったおかげで、難なく進めました。
2年後ここへ中山道を通って帰ってくるとはこの時は、思いもしませんでした。
ここから、三重を目指していきます。
石部宿には、53の宿場が書かれていました。
まだこんな所にいるのかと、不安が募ります。
鈴鹿の峠越えを前に、道の駅で腹ごしらえです。
カウンターで食べていたら、地元のロードバイク乗りの方から、声をかけていただきました。
東京まで行くという話で、盛り上がり、応援していただけたことで、不安が少し和らぎました。
鈴鹿の峠は、まだ元気だったのと旧道を避けて車道を走ったので思いの外あっさりと越えてしまいました。
到着したのは、亀山宿です。
亀山と聞くとAQUOSのイメージが強かったですが、かつては宿場町だったのだと発見です。
三重に入ってからかなりの向かい風に苦しめられます。
かなり辛いです。
そして、三重は他県よりも沢山の道標が用意されている印象を受けたのですが、それでも慣れていないからか旧道を正確に走るのは難しかったです。
そんな悪戦苦闘をしながらも、なんとか桑名の七里の渡しに到着です。
どうにかこうにか明るいうちに本日のゴールに辿り着けました。
江戸時代は、ここから船で愛知の宮宿まで行きます。
今は、船が出ているわけではないので、幹線道路を進みます。
街道は、住宅街の中を通っていることが多いですし、狭いのでスピードを出せませんが、幹線道は勢いよく進めます。
荷物と自転車を置いて、まずは腹ごしらえ。
名古屋に来ると必ずここに来てしまいます。
お店は行列でしたが、一人だったので、すぐにカウンターに案内されました。
これが大好きなのです!!
ご飯がものすごく進みます。
1日漕ぎ続けた疲れも吹っ飛びます。
ホテルはこんな感じです。
自転車漕いで、美味しいもの食べて、ビールを飲んで。
この旅は、なんと幸せなことか。
部屋で、1日目が無事に済んだことに祝杯をあげます。
あれだけ食べたのにまだ手羽先を食べられるくらい、お腹が空いていました。
出発してからもかなり不安が大きかったですが、この初日が自信になり不安が吹っ飛びました。
翌日は、熱田神宮から出発です。
ちなみに、中山道の旅はこちらです。
合わせて読んでいただけると幸いです。